ハルシオン

うつ病になって数年、とても苦しい日がたくさんありますが、少しずつ良くなっています。
僕がどういう経緯で発症したか、症状の経過やその時の心情などを小説形式で綴っていきたいと思います。尚多少のフィクションは入っていますが、感じた気持ちなどはノンフィクションです。

ハルシオン5

確かに。本当に僕は怠けすぎていた。
何もしていないのだから。クラスメイトが学校に行って、予備校に行って、家に帰って、勉強している間も、僕は何もしていなかったのだから。
そして僕は母を避けるようになった。


食欲も減り、眠ることもできず、僕は一日中頭の中が空っぽだった。
すごく悲しかった。すごく悔しかった。すごく寂しかった。すごくむかついた。
でもそれらの感情の矛先が、何であるかがわからなかった。
泣きたいのに、涙が出なかった。


あまりの僕が微熱微熱と理由をつけて休むものだから、
母は内科に行ってよく効く薬でももらってきなさいといった。
僕は近所の内科へ行った。


「今日はどうしたの。」
「微熱が続いてて」
「いつから?」
「いや、もう一か月、うーん、それくらい前からです。」
「あとは何かある?」
「片耳が聞こえにくくなったりとか?」
「ほかには?」
「関節が痛かったり、何もする気が起きなくて。」
「わかった。」


「自律神経が乱れちゃっているね。」


自律神経自律神経。
僕はすぐにスマートフォンで検索した。
医者からはっきりと病名は言われなかったが、自律神経の乱れのおかげで
僕の体中が不調なこと、眠れないのもそのせいだといわれた。
自律神経失調症か。そういうことだったのか。
こんな病気もあるんだな。でも、僕の子の不調に病名があってよかった。
病名が分かれば治療ができるんだな。
このときは少し安心した。

ハルシオン4

本当に急に。(心にぽっかり穴が開く)
この言い回しは適切ではないかもしれないが、こんな感じだった。
何かが足りない。
映画もドラマも読書も。まったく興味がなくなってしまった。
それらを楽しむ心がふっと抜け落ちてしまったような、そんな感覚だった。
僕はうまく笑えなくなった。


九月になると学校が始まった。受験生である僕たち高校三年生は午前中の四時間で授業が終わる。たいていの人がそこから自習や予備校へ行くのだ。
僕だってそうだった。少し前までは。
もう限界だった。
朝の7時に起きること自体僕にはとても大変だった。
休みの間に定着した昼夜逆転。
一睡もせずに学校へ通う日が続いた。
学校へ行くための満員電車、20分続く通学路。
クラスメイトの笑い声。先生たちの授業。窓から差し込む日光。
僕の中の何かが、パンクしてしまいそうな気がした。
ふらふらになりながら僕は担任に相談した。
「最近全然眠れなくて、今日も眠れなかったし。だから疲れがたまっちゃうというか、集中力が下がっちゃって、ちょっとまいっちゃってます。」


「だったら寝ずに勉強すればいいんじゃないか?そうだろう?ちょっと寝なくたって死なないんだから。」
そうか。確かに、現に僕はここ数日眠れていないけど、生きているじゃないか。
どこか他人事に思えてきた。笑いが込み上げてきた。少し悲しかった。でも
「そうですね。そうします。」
僕は笑った。


10月に入るといよいよ体がもたなくなった。
適当に母に言い訳して学校を休みがちになった。
「ちょっと熱があるんだ。吐き気もする。だから今日は、」
毎日だった。一日中ベッドの上で目をつぶっているだけの日々が続いた。
本当に何もしなかった。何をする気も起きなかった。
母がこんな僕をよく思っていないことだってわかっていた。
「いいかげんにしたら?こんなに毎日学校休んで。勉強するわけでもなく、何をするわけでもなく。月謝の無駄だし。いつまでそんなに怠けてるの。」

ハルシオン3

眠れない。というのは想定外に辛かった。
体も心も疲れ切ってぐったり眠ってリセットしたいと思っても、
床に就くと頭が冴えきってどんどん緊張してくる。
早く眠らなければ。眠らなければ。眠らなければ。
朝になるのが怖くなった。明るい場所にいるのが落ち着かなくなった。
関節も痛み出した。微熱も続いている。
僕は近所の形成外科へ行った。
「ヘルニアかもしれないね。検査をしてみよう。」
医者が言った。血液を採って数日後。
「どこも異常はないね。いたって正常。まあ微熱も続いているようだしちょっとゆっくり休んでみたらどうかな。」
はあ。
やっぱり疲れているのだろうか。夏の暑さのせいもあるのかな。
僕は夏生まれだ。それは関係ないとしても今まで生きてきて夏バテなんてしたことなかったのにな。最近運動をめっきりやらなくなっているから体が弱っているのかもしれないな。
試しに僕は自転車で国道沿いを10キロ走ってみた。
「なんだこれ、疲れるなんてもんじゃないな。もう倒れそうだ。」
一応、日の照っている昼間を避けて夕方に走り出したんだけどな。
僕はこの日の帰り道、自転車を押して帰った。
途中、休憩を何度もはさんで。
「なんでだろう。こんなに疲れているのに今日も眠れない。」
いよいよ僕はあきらめた。
なけなしの金で遮光カーテンを購入した。
できることなら日が昇る前に眠ってしまいたかったが、なかなかできない。
どうにかして日光が部屋に入らないよう、苦肉の策だった。
目覚ましはかけない。
目が覚めた時に起床する。
ちょうど学校はお盆休みで校舎も空いていない時だった。
そんな偶然にも後押しされ、僕は日が昇るころに眠り、日が落ちた時に起きる生活が定着した。


この時期、生活の変化はそれだけでは収まらなかった。
僕は映画やドラマが幼い時から大好きだった。
読書も同じ。自分ではない誰かに、自分がなったような感覚。
好きだった。暇を見つけてはそういった趣味に勤しんでいた。
が、それも。急にだった。