ハルシオン

うつ病になって数年、とても苦しい日がたくさんありますが、少しずつ良くなっています。
僕がどういう経緯で発症したか、症状の経過やその時の心情などを小説形式で綴っていきたいと思います。尚多少のフィクションは入っていますが、感じた気持ちなどはノンフィクションです。

ハルシオン8

学校の先生たちもどこかよそよそしくなった。
勉強を頑張ってとは誰も言わなくなった。


不登校気味になっていた僕に対してクラスメイトは距離を置いた。
割と親しかった子たちですら、僕を腫れもののように接した。
少し。少し寂しかった。


1月。とうとう僕は申し込んでいたセンター試験を受けなかった。
ただただ自分に対しての怒りと憎しみ、周りと比べての劣等感、焦燥感。


酒に、手を出した。


当時僕は18歳だった。どうしても、どうしても、何も考えなくていい、楽しい気持ちになりたかった。
コンビニに入り缶入りのハイボールを手に取る。


「年齢確認ボタンを押してください。」


僕は日が落ちた公園で一人、それを飲み干した。





ハルシオン7

よく言われるようになった。


ちがう。そうじゃない。


僕はこのうちが嫌なんじゃない。
人と関わりたくないんだ。すごく疲れるんだ。
お願いだから一人にしてくれ。お願いだから。


言えなかった。
僕はますます母と、家族と距離を置くようになった。


「授業の出席日数が危ういから、病気ならその旨の診断書をもって学校へきて」


僕は母とともに内科へ行った。
「学校へ提出しなければならないので診断書を書いてもらっていいですか。」
「わかりました。うつ病と書けばいいですね」



ウツビョウ?ウツビョウ、ウツビョウ。


頭が真っ白になった。本当に真っ白になった。
ウツビョウって。ウツビョウ、


僕の頭の中でそれだけが繰り返されていた。


自律神経の乱れって、ウツビョウ、ウツビョウだったのか僕は。


すごくがっかりした。ウツビョウってなんだよ、なんだよそれ。
そんなもの。そんなもの。
僕が、僕がウツビョウ。


その日、僕はいつぶりかに涙を流した。


その日から母の対応は少しずつ変わっていった。
学校を休むことに関して何も言わなくなった。




ハルシオン6

11月。眠剤を1錠処方されるようになって少し眠れるようになった。
やっとだった。向精神薬も処方された。
ただ、日中の眠気と倦怠感がさらに強まり、人と関わりたくなくなっていた。
親友と談笑、そんなこともすっかりご無沙汰になっていた。
一人の時間が一番楽だった。同時に、むなしかった。
一週間もすると眠剤の効果が感じられなくなってしまった。
薬を何回も変えた。また、なかなか眠れない日々が始まった。


この時点で僕は夏から体重が6キロ減っていた。
もとは標準体型。
食欲がなかったからだ。


しかし、ここから過食が始まってしまった。


なかなか相性のいい薬に出会えず週単位で眠剤を変える日々。
眠れないし。学校にも行けない。当然授業に出ていないから周りとの差はどんどん広がっていく。不安。受験はどうするんだ。
パンを食べた。徳用の大きなパン。
もう一つ食べた。もう一つ。
カップラーメンも食べた。胃袋は限界で苦しい。
それでも食べた。食べている最中は何も考えなくてよかった。
食べることだけに集中していることができたから。
苦しくて辛かった。それでも、ああ、僕にも感覚がまだあったのか、
少しうれしかった。
それからしばらくして相性のいい眠剤が見つかった。
ハルシオンだ。銀のシートに包まれているそれは青い錠剤だった。
僕は青色が好きだった。ハルシオンがあると安心した。
僕はこの錠剤が大好きになった。


12月に入り、ハルシオンのおかげで眠れるようになっても過食は続いていた。
主には徳用の大きなパンと、カップラーメンと、袋めん。
僕の食事は家族のいる食卓に用意されることがなくなった。
僕が家族と食事するのを拒否して自部屋にこもって一人で食べるようになったことに母が激怒していたからだ。


「こんなにうちが嫌なら早く自立して働いてうちを出ていきなさい。」